ブログ金沢城と兼六園日記
雨の日の情景
2014-10-03
石川門周辺園地
2014-10-03
先日、石川門の保存修理に合わせて、園地をリニューアルしたと書きましたが、場所が分からないという声があったので、再度、取り上げたいと思います。
リニューアルした場所は、兼六園側から石川門を潜って、三の丸広場に出たところの左手、具体的には、下の金沢城公園平面図の黄色の矢印の部分になります。
下の図面は、リニューアルした場所だけを拡大した整備平面図です。
この図面の灰色に着色した箇所が人が歩ける園路で、園路沿いに花壇を設置し、残りは芝生の園地となっています。
三の丸広場から見た園地の入口付近です。
下のように木漏れ日の中を園路は進みます。
園路はゆるやかにカーブしながら概ね石川門の土塀に沿って進んでいきます。
この辺りは、少し盛土をして高くなっているので、ここから、五十間長屋の方を眺めると、三の丸広場入口からの景色とは少し変わって新鮮に眺められます。
更に進んでいくと、やがて、本丸方面へと続く幹線の園路と合流します。
合流点付近からは、金沢城でもっと古い、文禄年間(約400年ほど前)に築造されたとされている石垣(野面積み)を眺めることが出来ます。
このように、短いながらも変化に富んだ景色が眺められますので、是非一度、歩いてみては如何でしょうか?
皆様のご来園をお待ちしております。
秋晴れ
2014-10-02
加賀藩の美意識?
2014-09-30
先日アップした、下の写真を見た人から、橋爪門続櫓と橋爪門の屋根の色が違うのはなぜかという質問があったので、説明したいと思います。
金沢城の屋根瓦は、普通の焼き瓦と異なり、木型の上に厚さ1.8mmの鉛の板を巻いた、鉛瓦というものを使用しています。
その鉛瓦は葺いた当時は文字通り鉛色をしているのですが、年月を経て風雪にさらされていくうちに、次第に白っぽく変色し、海鼠塀と一体となった優美な姿を醸し出すようになるのです。
鉛瓦を使った理由は、美観上良いからというものの他に、戦時に鉛を溶かして鉄砲の玉にする、屋根を軽くする、など諸説あり、本当のところははっきりしていませんが、見た目を重視する金沢の気質を思うと、美観上という理由も十分有りかな、と思っています。
ちなみに、ある南の方の市町が、金沢城で見た鉛瓦の美しさに惚れ込んで、公共施設の屋根に鉛を葺いたところ、白くならずに、茶色く変色してしまったそうです。金沢の気候風土なども微妙に影響しているのかもしれません。
美観を意識したもう一つの例を挙げると、下の写真は、五十間長屋の三の丸側の外観ですが、外を見張る際になるべく死角が出来ないように、窓の位置が上下で交互に並んでいます。
一方で、同じ五十間長屋の二の丸御殿側は、下の写真のように、見た目を優先して、窓の位置が揃っているのです。
こんな所にも、加賀藩の美意識の一端が窺えます。
石川門など
2014-09-27
石川門は宝暦の大火の後、1788年に再建され国の重要文化財に指定されていますが、今年4月に大々的な保存修理工事が終了しています。
せっかくですから、文化財の修理とはどのようなものか一例を示してみたいと思います。下の写真は石川門の一の門ですが、この門の控え柱は、旧材と新材を組み合わせて修理しています。
下の写真が控え柱を側面から見たものですが、色の違う上の方はもともとあった柱で、下の方は、傷んでいたものを取り替えた部分になります。
裏面から見るとこのようになります。
修理する範囲は出来るだけ最小限に抑えるという文化財修理の基本が分かりますね。
ところで、あまり知られていませんが、石川門の修理と合わせて周辺の園地も一部リニューアルされました。
下の写真のように土塀にそって、舗装された園路と両側に花壇が整備されています。
今は、アザミやキキョウ、ナデシコ、ワレモコウなどが見頃を迎えています。
幹線園路から一歩内側に入った場所にあるので、休日でも、ゆっくり散策できます。
皆様のご来園をお待ちしております。


































